破風荘 – 呪い女

真藤は、二十四歳の男だった。


アルバイトや日雇いの仕事を転々とし、世間から見れば自由気ままな生活を送っているように思える。


ただし、現実は、バイト程度の給料では本当の自由は得られず、食うために生活の奴隷となっているのが現状だった。


最近、彼は雑誌編集のアルバイトの仕事を見つけた。


誤字脱字をチェックしたり、コピーをとったり、電話の取り次ぎをしたりと、つまり雑用の仕事である。


彼は体力のあるほうでもないので、もともと肉体労働などは体質的に向かなかった。


今回の仕事は、ハードではあるが、肉体的な疲労も少ないし、仕事の内容も面白かったので、半年以上続いていた。


半年といえば、彼にとっては長いほうである。


半年もすると、打ち合わせにも引っ張り出されるようになり、全工程を管理する仕事を手伝うようになった。


したがって、帰りも次第に遅くなり、月に何度かは徹夜する日もあった。


彼の上には、早苗という三十過ぎの女性編集者がいた。


主に彼女の仕事を手伝うのが真藤の役割だったのだが、彼女は夜遅くまで働いていて、常に気が立っていた。


どうも近寄りがたい雰囲気なのである。


真藤は、印刷所から上がってきた原稿を最終チェックしていた。


「まだ終わらない?」


真藤のデスクの横で、腕組みをしながら早苗の顔は引きつっていた。


「ああ。


もう少しで終わります」


この台詞は、この一時間で三回ほど言った。


そのたびに、早苗の顔は怖くなっていく。


早苗は、少しの間、貧乏ゆすりしていたが、そのうち去っていった。


真藤は少しほっとして、原稿に集中した。


作業が終わったのは、それから二時間後のことだった。


オフィス内を見渡してみると、電灯が消えている場所が数多く見られる。


遅い時間なので、当然といえば当然である。


トイレに行くために立ち上がった真藤だったが、遠くを見たときに、思わず視線をとめた。


電灯が消えて暗くなった席に、女が一人座っているのだ。


彼女は、二十代半ばくらいの髪の長い女で、このオフィスでは見たことがない人物だった。


ぼろぼろの白い着物を着ていて、どう見てもここで働いている社員とは思えない。


彼は確かめようと、その女の席に近づいていったが、女はすぐに消えてしまった。


「なにぼうっとしてるの」


真藤が立ち尽くしていると、遠くから早苗の声が聞こえてきた。


疲れているのだろうか。


確かに、夜遅くまで仕事をしていて、彼の疲労はピークに達していた。


 * * *


真藤は、仕事が終わってオフィスビルの外に出た。


外に出ると生暖かい風が吹いてきた。


もうすぐ夏になろうとしている季節で、暑くも寒くもない、過ごしやすい季節だった。


電車の駅に向かっている途中で、交差点に差し掛かったとき、信号が赤に変わって、彼の足は止まった。


小さな交差点で、夜も遅いということもあり、走っている車は見当たらない。


信号を無視して、そのまま渡ってしまおうかと思ったが、疲れていたのでその気力もなかった。


少し先を、白い着物を着た女が歩いている。


先ほどオフィスにいた女だ。


真藤が見たものは錯覚ではなかったのだ。


彼は、赤信号の横断歩道を早足で歩き出した。


もう少しで女に追いつくというところまでくると、彼女は道路の角をすっと曲がった。

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